引越しだ~っ!
3.11.大震災による罹災(半壊)した自宅改築のため、いよいよ引越です。仮住まいで、半年ほど過ごします。住み慣れた家を離れるのは、さすがにつらい!
今の自宅には25年間住みました。
小さな3LDKを建築する予定です。
哀愁と憂鬱が交錯しています。
呟きさんのblogのとおり、同じような・・・
●形容できない
3.11(午後2時46分)、あの大地震はすごかった。
私は自身の事務所(仙台)にいました。築37年目のビル9階です。激震5分近くどうしようもなかった。NZクライストチャーチのビル倒壊の報道が脳裏に浮かびました。このビルも崩れるのだろう・・・と。
●余震で、死ぬところでした
そして、4.7夜11時33分まもなく深い眠りにつくところでした。お酒と安定剤を飲んでいました。頭部・胸部が倒壊家具の真下でした。すんでのところで、子ども部屋に子どもの名を叫び、飛んでいきました。
入眠していたら、間違いなく死んでいた。この6月3日にしてなおトラウマに悩んでいます。
仕事柄、毎日お客様の大震災後のお話を伺っています。そのせいか自分の精神的ダメージから抜け出せません。
●灯籠流し
弾みなのか、宿命なのか、大震災・大津波で永逝なさった方の御霊のための灯籠流しの実行委員長になってしました。
●生きていて、永逝された方もいらして
お互い生きていて、親族も生きていて、ただ永逝された方のことを思うと心はいたたまれません。胸も張り裂けそうです。自身の人生も不幸・不運だ実感していますが、どうしようもない切なさです。
とくに、子ども好きの小生は、子どもが永逝された報道・伝聞などには、目頭が熱くなります。
●呟きサンのblog
呟きサンは、よくぞしたためられる。あの日のことを書くことは、えらい。
彼に引きずられて、ここまで書けました。
呟き尾形の雑記帳の読後・・・
http://son.cocolog-nifty.com/tetugaku/2011/06/post-78f6.html?cid=63432834#comments
20110603fri
鎮魂!追悼!東日本大震災犠牲者 広瀬川灯籠流し
昨夕のことです。
急遽、仙台太白区 郡山にある会合に呼ばれました。
そこで、「鎮魂!追悼!東日本大震災犠牲者 広瀬川灯籠流し」(仮称)8月11日開催のため、打合せ会(準備会)があったのです。
私にも「出席するように」との要請がありました。
20名くらいの実行委員(準備委員)でした。
なんと、小生が実行委員長に推挙されました。普通の役員なら固辞するところですが、このような日本史上空前(絶後か?)の大震災・大津波・原発大事故です。
犠牲者の方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げつつ、受任することにしました。
当然ながら不測・不本意で多くの方々が、お亡くなりになられました。「この方々の霊を、此岸から彼岸へお送りさせていただく」ということが、『灯籠流し』の本義であり発祥の理由です。
1個1個(1台かな?)の灯籠には、残念無念・悲哀悲嘆・遺憾痛惜の霊が載られているとのことです。
「ぶじ、あの世に着かれ、安らかにお休みになられますように・・・」という御霊灯籠への思い入れとお見送りです。
来週から実働開始となります。小生に課せられた使命に重いものを感じます。
20110529sun
天地 ひっくり返る
2011年3月11日(金)午後2時46分 東日本大地震。
続けて、宮城県・岩手県・福島県 沿岸部に大津波。
さらに、福島 原子力発電所 レヴェル7の大事故 テルノブイリ、スリーマイル島より最悪か!?
同年4月7日(木)午後11時33分 大余震。 私は、寝るところだった。私の頭部・胸部に大きな箪笥が倒れてきた。眠入っていたら死んでいた。危ういところでした。
その他、余震は大小数え切れません。毎日のように続発しています。
小生のTwitterをご覧ください → http://twitter.com/search?q=kubitter





私のちゃちな写真より、河北新報(4月1日 朝刊)の写真がすべてを物語る。町がなくなった。子どもたち74人が一瞬にして、いなくなった。悲劇。悲嘆。絶望。
20110514sat
覇気溢れるbiz仲間

ある会社が苦境にあったのです。
私の敬愛する宗教家(女性)から、「久保さん、再建にチャレンジしてきなさい」というご指示をいただきました。
去年の11月下旬のことです。あれから半年。
大地震・大津波・原発大事故・大余震で、世の中も私生活も一変でした。
そんな中、再建を目指す会社のスタッフにいままでにはないキャラクターの仲間が参加してきてくださいました。優秀な方々ですが、それ以上に、それぞれの志と熱気と才気がいい。
ハンディをお持ちの方が、数倍の情熱を持って、茨城から多賀城市に援軍としてきてくださった。
才色兼備のビジネスウーマンの美女まで、東京から駆けつけてくださった。
注記)性格・容姿もさることながら、仕事ができる不思議な才女。
面白くもあり、優れたメンバーが、集まったのです。
打合せ・会議・ディスカッションには多くの時間を費やしました。
もちろん実質の勝負はこれからです。実稼働も少しずつ、念入りに始めます。
なぜか、男気のある熱血漢が、切り込み隊長です。
この職種では、現場の工場長なのですが、一番やる気に満ちています。
訳は分からないが、良きスタッフが、自然に集い、志・目標を一つにしているのです。
不思議と言えば、不思議なことですが、のめりこみたくなる仕事です。
私のほうも、お願いした税理士・社会保険労務士が誠実に関与してくださっています。
さて、このプロジェクト~大きなリスクも抱えていますが、挑戦の価値が大いにあります。言い合いに近い議論も戦わせています。和気藹々とは異なります。
20110514sat,



